ももばちの軌跡

人のヤミが好きなだけのももばちの、ヤミの悲鳴とアイ。自分のヤミと向き合いながら生きる、ももばちの奮闘記。

ブログを始めて早々、これは私の文章じゃないと気づいた話。

人を惹きこむ、世界観をもった文章を書きたい。

音楽のように、流れる文章を書きたい。

 

そう気づいたとき、私はブログの更新が進まない理由を自覚した。

 

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10日前に1つ目の記事を投稿して以来、私はどうしても次の記事が書けないでいた。書きたいネタはたくさんあるし、やる気も時間もある。

なのに、書けない。

記事の冒頭部分を書いては消して、また書いて、やっぱり行き詰る。

何度書いても、自分の中でしっくりくる文章が書けない。

 

何かが違う。

 

書けない自分への苛立ちと焦りだけが募っていく。

文章書くの、向いてないのかも。

ブログ、やめちゃおうかな。

そう思ったりもした。

 

そんなとき、ふと自分のFacebookの投稿をさかのぼってみた。

そして、ある1つの投稿に目がとまった。

これだ!って思った。

私が書きたかったのは、紛れもなくこういう文章で、今までブログで書こうとしていたのは、本来の私の文章じゃなかった。

 

まずもって、文体から違う。

1つ目の記事では、とりあえず他のブロガーさんの真似をしておこうと思って、ですます調で話し言葉のような軽い文体を使っていた。

(☟1つ目の記事。参考までに)

momobachi.hatenablog.com

 

でも思い返してみれば、私は昔から常体(~だ。~である。みたいな文末)が好きで、どうしても文章を書きたくてしょうがなくなった時、その文章はちょっぴりポエムっぽくて、文末は決まって常体だった。

 

書いているうちに、そこに私だけの世界ができる。

書き終わった時、その文章がどうしようもなく愛おしくなる。

 

そういう文章を、私は書きたいんだ。

 

自分に酔ってるみたいで、自分の文体が嫌だなって思うこともあるけれど、自分にはやっぱりこの文体が合ってるなって思う。

実際、今この記事を書いていて、すごく楽しいし、今まで書けなかったことが嘘みたいにスラスラ書いてる自分がいる。

 

言葉が、文章が、溢れてくる。

 

私は、文章を書くのが好き。

どうしようもなく好き。

 

 読んでくれてる人には読みにくいかもしれないし、ブログにはこの文体は向いていないのかも分からない。

でも私は、型にとらわれずに自分らしい生き方を探すためにブログを始めた。

だからこのブログも、まずは自分らしい文体で、自分が書いていて楽しいと思える文章を書いてみようと思う。

 

この文体で書くことで、どこか現実離れした物語のように聞こえるかもしれない。

でも、それはそれでいいかなとも思う。

 

ももばちのノンフィクション小説を読んでいるような気持ちで、このブログを読んでもらえたら嬉しい。

 

そうはいっても、記事の内容によっては、この文体じゃない方が書きやすいものもある。統一感はなくなってしまうかもしれないけれど、とりあえずは記事の内容しだいで、その都度書きやすい文体で書いていこうと思う。

 

もっと気軽に、書くことを楽しんでみよう。

 

なんだかちょっと、わくわくしてきた。